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インドシナの残留日本兵のやるせない思いとは?・ベトナム、ラオス、カンボジア―第5章

運命にほんろうされたインドシナ残留日本兵達。フランスとの壮絶な戦いの中、中国、ソ連が・・・。

インドシナの残留日本兵のやるせない思いとは?・ベトナム、ラオス、カンボジア―第5章

 

フランス領のインドシナでも残留日本兵が発生している。残留日本兵の数としては700人~800人の間である。

 

| 第2次世界大戦前のインドシナ

現在のベトナム、ラオス、カンボジアあたりの地域をインドシナと呼ぶ。この地域はフランスが進出し、植民地化していた。フランスにとってインドシナは植民地政策の重要な拠点であった。

 

 

| 第2次世界大戦中

第2次世界大戦中のインドシナでは、大きな戦闘は行われていない。

 

インドシナを支配したフランスは、第2次世界大戦で早々にドイツにパリを奪われている。

 

第2次世界大戦中のフランスは首都パリが制圧されているので、インドシナ支配に力を注ぐことが出来ない。

 

日本はフランスと協議しインドシナに進駐し、イギリス、アメリカに対抗した。フランスによっても、日本と対立するより、共存してインドシナ植民地を継続する道を選んだ。

 

その後、日本はアメリカとイギリスの上陸作戦に備えて、フランスのインドシナ統治機構を解体して、名目的にベトナム、ラオス、カンボジアを独立させ、約9万人の日本兵を駐留させた。このインドシナ残留部隊の一部が残留日本兵になっていく。

 

 

| 第2次世界大戦後

大戦後、インドシナはフランスの植民地に戻り、フランス軍が再び戻ってきた。

 

そして、ベトナムでは独立戦争が勃発し、フランス軍との間で激しい戦闘が行われた。

 

 

| 残留日本兵

ベトナムの対フランス独立戦争の初期の戦い方は、ゲリラによる持久戦と局地戦が戦い方の中心であった。

 

残留日本兵が持つ戦術と武器をベトナムは重宝した。ベトミン、民兵ともに積極的に、残留日本兵を取り込んだ。対フランス独立戦争の初期に残留日本兵が活躍した。

 

その後、ベトナムは中国共産党やソ連共産党の支援を受けて徐々に組織的な抵抗が可能になってくる。そうなってくると、逆に残留日本兵の価値がうすれ、また、共産主義を理解しない残留日本兵が邪魔になってくる。

 

ベトナムは残留日本兵の除隊を勧め、日本に帰国した。最後のディエンビエンフーの決戦に参加した日本人はほとんどいなかった。

 

独立戦争に利用され、そして、用が無くなると切り捨てられる、インドシナ残留日本兵はどの様な気持ちだったのだろうか。その、運命にほんろうされた、やるせない気持ちが読み取れる。

 

しかし、残留日本兵の存在があったからこそ、ベトナムがフランス軍に対抗出来た事実は忘れてはいけないと感じた。ベトナムの独立、それは残留日本兵の存在があったからこそ成し遂げられた偉業だと感じている。

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